競業禁止契約の退職後の有効性は?

競業禁止契約の退職後の有効性は?

地方再生のために頑張ってきたのに・・・。

ある日、建築業をしている顧問会社の社長の紹介で、A工業のS社長が相談に来た。A工業は、商店街のアーケードと街路灯を設置する事業を行っているという。

松江「私の故郷では、大規模小売店の進出で商店街がさびれてしまって、アーケードも修理できず、この夏、結局撤去されてしまったんですよ。」

S社長「ああ、いわゆるシャッター通りですね。地方都市の典型的な光景ですよ。でも、私は、商店街のお客が雨の日も濡れないようにアーケードを造り、奇麗な街路灯を整備して、街の再活性化を進めているんです。商店街の結束を呼び起こせないとできない地道で根気のいる仕事ですが、蘇った商店街を見ると、やっててよかったなぁと思うんですよ。」

大変な仕事だが、S社長は地方再生という高い志のために頑張ってきたわけである。しかし、ここに来て思いもかけないトラブルに巻き込まれた。退社したY元取締役が、B工業という会社を立ち上げ、既にA工業社在職中に手をつけていた商店街のアーケード設置と街路灯の設置契約を、B工業で契約してしまったという。

S社長「この商店街は、前回私どもA工業がアーケードと街路灯を設置した商店街の隣町なんです。それで、隣の商店街の成功を聞きつけたお店の方から、自分のところでもやってみたいという連絡をもらって、当のYが相談を受けて、営業をかけ始めていたところだったんです。」

松江「それは、ひどい裏切り行為ですね。」

S社長「私は地方再生という理想の下、ずっと頑張ってきました。足元からこんなかたちで崩れるなんて思ってもみませんでした。」

開き直る元取締役 競業禁止特約の有効性

詳細を聞いてみると、Y取締役の人当たりはよく、営業力はあるのだが、社長の許可もなく値下げに応じたり、報告を怠ったりするなど、どうしても信用し切れないところがあり、思いあまって苦言を呈したところ、退職してしまったのだという。

予感のあったS社長は、退職時に「退職後2年間は一定の地域で同業を立ち上げたり、同業他社に就職しない、破った場合には退職金を支給しない」という誓約書をYから取っていたという。

そこで、Yに退職金を支払わないと通告したところ、「自分は弁護士に相談した。この誓約書は無効だから意味はない。退職金はもらえるとのことだった、支払って欲しい。」と譲らないという。

S社長「私の目の前で、自分で署名してハンコ押しているんですよ、なんで無効だなんて、当の本人が言えるんですか?」

松江「いや、そういう意味ではありません。誰にでも職業選択の自由(憲法22条第1項)がありますからね。不当にそれを制限することはできないので、誓約内容によっては無効になる可能性もあるんですよ。」

会社の重要な財産である技術やノウハウの流出を阻止するため、辞めていく社員と競業禁止契約を結ぶことはよくある。しかし、辞めていく社員には職業選択の自由があるため、禁止が不当に厳しい場合には契約自体が無効になる可能性は十分ある。

判例はリーディングケースとなった古典的判例(奈良地裁昭和45年10月23日判決)を頭に多岐に存在するが、ポイントは、以下の3点である。

  • 1.会社側に守るべき利益があること
  • 2.禁止内容が限定的であること(地域・期間・業種など)
  • 3.代償措置があるかなど

Y側は、商店街への営業は、特許や秘密でも何でもない、まして2年も制限するなど長すぎる、として、当該誓約書を無効だと言って退職金の支払い請求訴訟を起こしてきた。向こうの言い分も一理ある。さて、どうしたものか・・・。

商店街への営業のノウハウは企業秘密か

S社長「特許なんかあるわけないです。でも、商店街を1軒1軒訪ねて、青年会の集まりに顔を出して、地方の活性化を若者に説いて回って、未来を、ビジョンを見せて、成功例を詳しく説明して、商店街の結束を呼び起こして・・・。半年や1年じゃできませんよ。私らの会社でなきゃできません。長い年月、いろんな商店街を手がけて、ようやく築いてきたノウハウで、我が社の宝なんですよ。それを頭から否定されるなんて・・・。もう、この会社たたんで、元の板金屋に戻ろうかと。女房と2人、食っていくくらいは・・・。」

松江「馬鹿なこと言っちゃいけません。あなたは、あなたを信じて、一緒に頑張っている社員たちをなんだと思っているんですか。どの社員にも奥さんも子供もいるんですよ!社長というのは自分1人の命を生きているんではないんです。しっかりしなさい!Sさん!」

興奮したS社長 結論「女は強し」

1度は崩れかかった社長だったが、何とか奮起し、かつての商店街で成功した営業活動を詳しくリポートし、企業の大切な独自のノウハウであると必死で主張した。

2年という制限は長いが、商店街の結束を呼び起こして発注してもらうには相当程度の年月がかかることを立証し、長すぎる制限ではないとした。また、本件では、Yの就業年数からすると、約束していた退職金が高額であったことから代償措置もなされていたと主張することができた。結果、裁判所から強硬な和解勧告が出て、A工業としては退職金の2割程度を払うことで和解が成立。実質的な勝訴である。

松江「今回のことでは、商店街の方たちが必死でリポートを書いてくれましたね。どんなに地道な仕事を長いことA工業がやってきてくれたかについて。みんな感謝していたんですよ。立派な仕事ではないですか。Sさん、ご自分の仕事を投げ出さなくてよかったですね。」

S社長「いやあ、あのときの先生は恐かったですよ。私、Yと戦っているのか、先生と闘っているのか、一瞬分からなくなりましたもん。」

松江「それは失礼しました。ただ、私たちの職業は聞き心地のいいことを言っているだけでは務まらないんですよ。」

S社長「実はあの時、先生と同じことを言ったやつがいたんです。」

松江「え?誰ですか?」

S社長「うちのカミさんです。」

松江「ほー、女は強しですね。」

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