売掛金の回収―大事な売掛金を取りっぱぐれないために

売掛金の回収―大事な売掛金を取りっぱぐれないために

はじめに

「売掛金の回収をどのようにしたらよいか」「取引先が制作費や開発費の支払いをしてくれない」などという相談は、企業法務における債権管理及び債権回収というものに分類され、多くの企業にとって悩みの種であるといえます。

そして、金銭の支払いを受けるということは、企業の売り上げに直結する最大の関心事です。やり方を間違え得えると、多大な損害を被り、会社にとって命取りになる場合もあります。

その債権の回収について、本稿では、その方法たる民事執行の仕組みを中心に、企業としての債権管理の注意点を解説していきたいと思います。

事例

まず以下のような事例をご覧ください。

「A社はB社に対し、継続的にA社が動産を売却していた(支払いは当月納品分を末日締め、翌月10日払いであった)が、令和2年5月に納品した分から支払いが滞り、令和2年8月になっても支払いがなされていない状況である。なお、動産の納品は令和2年8月分まで納品済みである。」

この事例においては、B社はすでに5月分、6月分、7月分と売買代金支払を滞納し、8月分の支払いをするかも不安な状況にあると考えられます。

では、A社としてはこの滞納分をいかに回収することができるでしょうか。

大前提として、A社とB社との間には、A社の動産をB社が買い受けるという売買契約が締結されています。そして、A社は動産を納品し、代金支払い期限である、翌月10日を過ぎていますので、当然支払いを受ける権利を主張することができます。そして、8月に納品した分についても、翌9月10日の到来をもって、代金支払いを受ける権利があると主張することが考えられます。

さて、今回の問題は売掛金の回収方法ですので、まず、どのような方法が考えられるかご説明します。

請求方法

相手方に対して直接請求・交渉

A社はB社に動産を納品していますので、上述のとおり代金支払いを受ける権利を有しています。しかし、支払いを滞っている取引先に、なんらのアナウンスもせずに漫然と放置していくことは、当然ながら危険です。まずは支払われていないことの事実確認をし、きちんと書面に残る形で売掛金の支払いを求めることが最優先です。これは、民法上、時効の中 断(※時効完成前に請求するなどして、時効期間のカウントを0に戻すこと)の効力を受けるためにも必要なものです。この時、取引先の経営状況から、全額の支払いが難しいなどの事情が分かれば、その後の対応を検討する材料ともなりうるため、まずはきちんとした事実確認を行い、正式な請求をすることが大切です。

支払督促

次に支払督促です。一般的に、「督促」という言葉は、上述の代金支払いの請求をするという意味合いもありますが、ここでいう「支払督促」とは、簡易裁判所を通じて請求していく、裁判上の手続きのことです。

そして、相手方が簡易裁判所からの支払督促を受け取ってから2週間以内に異議を申し立てない場合に、支払督促に仮執行宣言を付すことができます。つまり裁判所から「強制執行ができるお墨付きをもらうことができる」という効果があるので、それによって裁判所による強制執行を申立てることができるのです。

少額訴訟

さらに、同じく簡易裁判所を通じた請求手続きとして、「少額訴訟」があります。

少額訴訟は、請求する金額が60万円以下という制限はありますが、通常の訴訟とは異なり、1回の期日で審理を終え、判決を得ることができる迅速かつ簡潔な手続です。

民事訴訟

最後に、通常の民事訴訟を提起することになります。

通常の民事訴訟は、債務者たる被告が争わなければ短期間に判決を得ることも考えられますが、多くの事件は争点に対する主張立証に長い時間がかかり、紛争が長期化する恐れがあります。もっとも、判決において請求が認められれば、強制執行により、売掛金の回収及び遅延損害金の支払いを受けることができる制度でもあります。

上記の方法のうち、裁判上の手続きとして支払いを求める場合、その実現には執行という、強制的に権利を実現していく手続きが必要になります。

ところで、民事裁判と執行手続きの区別は、民事裁判が、原告(債権者)が被告(債務者)に対して権利を有しているかどうかの判断であるのに対して、執行手続きは権利をどのように実現するかというものであり、ステージが異なりますので注意が必要です。「私と相手の間ではこういう契約をしたのだ」と権利を主張する者がいても、裁判手続きを利用して権利を実現するためには、まずは、民事訴訟によっていかなる権利があるのかを確定しなければ、強制的に実現することはできないのです。

執行

民事訴訟の判決もしくは和解(※裁判所による和解は判決と同じ効力がある)によって権利が確定したにもかかわらず相手が従わない場合は、民事執行の手続きをしていくことになります。

民事執行には大きく分けて担保権の実行と強制執行という2つの手続きに分類することができます。

このうち「担保権の実行」というのは、聞きなれない言葉と思いますが、これは、債権者が有する債権を担保するため、あらかじめ不動産に対する抵当権濤の担保権が設定されている場合にそれを実行することで、債権の満足を得るというものです。

他方で、通常の裁判により取得した判決をもとに債権の満足を得るためには、強制執行という手続きを経る必要があります。

この強制執行手続きには、債権の満足を得る方法として、さらに、「不動産執行」と・「債権執行」の大きく2つに分けることができます。

不動産執行

不動産執行は、強制管理という方法もありますが、その大半は強制競売による方法です。

不動産執行における強制競売は、文字通り、債務者が有する不動産を強制的に競売に掛け、その売得金から債権の満足を受ける方法です。不動産を対象とすることから、比較的高額な配当を見込めるため、請求債権額が高額な場合には意義を有する方法と言えるでしょう。

もっとも、申立から売却の準備(現況調査と評価、報告書の作成など)から実際に売却手続きでの入札から不動産の引渡し、他の債権者との公平を図るための配当表の作成など、実際に債権を回収するまでには、時間がかかる可能性があるというデメリットもあります。

債権執行

債権執行は、債務者の有している第三債務者への債権を差押え、債権の満足を得る方法です。一般的な差押えの対象は、各種銀行の預金債権ということになるでしょう。

債権執行においても、裁判所へ債権執行の申立てをし、第三債務者への差押命令の送達などの手続きを経ることとなりますが、不動産執行の強制競売よりも、より迅速に進めることができます。

もっとも、第三債務者への差押えをしたとしても、実際に債務者が有していた預金口座に少額しかなかった場合などには、債権全額の満足を得られない可能性があります。また、債務者に第三債務者との関係で負債がある場合、債権者からの差し押さえがなされた時点で債務者の有している預金債権が相殺により消滅するといった契約条項を実行し、結局は債権の満足を得られない可能性もあります。

債権管理・債権の保全

裁判手続きを利用した強制執行の手続きについては、以上のとおりです。

もっとも、債務者が資力を有していなかった場合には、せっかく裁判で勝訴し、強制執行を行ったとしても、功を奏しないことになり、売掛金の回収ができないこともあります。そこで、強制執行に至る前の債権管理、債権の保全も重要です。

民事保全

債務者にある程度の資力があるにもかかわらず、債権者からの請求に応じない場合には、将来判決が下ってもそれに従わず、そればかりか、強制執行されないように自分の財産を隠したり、わざと他人に譲渡したりされてしまう危険性があります。

そのような場合に備え、裁判を提起する前に、民事保全の手続きにより、債務者の資力を保全し、債権の執行段階での確実な債権回収を期待することができます。

つまり「判決がまだ下されたわけではないが、勝訴したときに備えて予め債務者の財産を押さえておく」というものです。

裁判上の保全(民事保全)には、仮差押え、仮処分があります。

債務者の負担の大きい仮処分を除き、密行性と迅速性が原則とされますので、債務者に気づかれずに債権の実行を保全することができることがメリットとなります。もっとも、多くの場合、保全を認める代わりに裁判所から債権者に対し、担保金の予納を求められることになります。

担保権の設定

債権の保全として、契約段階で事前に担保権を設定しておくことも有効な債権管理の方法です。

担保権の設定として考えられるのは、抵当権や、質権、譲渡担保などの約定担保権と留置権や先取特権といった法定担保物権などがあります。大口の金銭消費貸借などでは、不動産に対する抵当権の設定などが考えられると思いますし、事例のように、定期的な動産の取引においては、納品した物に対する譲渡担保を設定することで、物を換価し債権の満足を得ることができることになります。

さらに、担保物権とは異なり、人的な担保として保証人をたてることも有効です。小規模な会社の場合には、会社代表に連帯保証をしてもらう方法があると思います。もっとも、このような小規模会社の場合、代表個人の資力に限界があるため、どのような担保を設定するかは、取引先の事情をよく見極める必要があります。

事例に対する回答

最後に、冒頭の事例について考えてみます。

A社のB社に対する売掛金債権については、支払い時期を過ぎていますので、権利としては認められると思います。

まずはどういった事情により支払いをしないのか確認するとともに、支払いを求める旨通知をします。資力に問題があり、今後の支払も難しい状況であれば、以後の取引を停止することも必要です。

それでもB社が支払いに応じないのであれば民事裁判を提起し、未回収の売掛金とその遅延損害金を支払えという判決を取得し、これが確定すれば、強制執行をすることができます。

債務者が預金債権を有していれば、これを差押え、預金債権からの回収を行い、金額が大きい場合にはB社が保有する不動産に対し不動産執行を申立て、競売により売却がされれば、配当により売掛金の回収を受けることができます。

また、民事裁判を提起する前に、B社の預金や不動産に民事保全の手続きを取れば、民事裁判中の処分を防ぐことができ、資力の確保が期待することができます。保全決定後、民事裁判を提起し、判決を取得すれば、保全されたB社の預金等に対し確実に強制執行をすることができます。

以上が、裁判手続きを利用した売掛金の回収とそれに伴う強制執行及び民事保全の手続きについての説明になります。

まとめ

冒頭の事例のように、売掛金を数か月にわたって滞納している取引先については、その状況を先送りにせず、取引先の経営状況や資力の有無などに注意し、早期に支払いの催告や納品の停止などの対応を検討すべきです。

そのためには、日ごろからの取引状況を整理することが重要です。また、新規に取引を開始する場合にも、取引先の情報を調査することは重要です。取引先が万が一支払い滞納といった状況になった場合を想定し、契約書に所有権留保特約や譲渡担保の設定条項、履行遅滞に基づく解除や相殺の規定を設けるなど基本的な予防法務も未然のトラブルを回避するため大切なことと言えます。

そうした回収のための法的手段や予防の手段については、言うまでもなく個々の事情に応じて適切かつ迅速に行うことが必要ですから、早いうちに弁護士に相談し、間違っても「不良債権化」させないことが大事です。

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